合理性を貫くと起きる問題|市場規範と社会規範とは?

合理性を追及する人

合理的に生きたいって考えてる人がどれだけいるかは分かりませんが、合理性を追求し過ぎるのも問題あり。

そんなこと言われなくても感覚的に分かってるますかね?

効率化とか合理化とか言っておきながら効率批判か、なんて言われそうです。

が、合理化はダメだってことではありません。

シーンごとに使い分けないといけないってお話です。

そんなとこでこのページでは合理化するところを判断する規範について解説します。

1 市場規範と社会規範

市場規範と社会規範は冒頭で言ったシーンのことです。

市場規範とは…

・シンプルにお金を介したプレーヤー間の関係

・合理的で効率的な判断を行えるフィールド

普通の経済学が想定する世界だね

社会規範とは…

・共同体や社交性などを介した関係

・合理的な判断ばかりでは上手くいかないフィールド

こっちは行動経済学。
不合理な判断が多い日常のこと

簡単に言ってしまえば市場規範は理性優位、社会規範は心(感情)優位といったところ。

2 効率追求の弊害

効率性の追求は市場規範に相性のいいものです。

それを生活の隅々まで追求した場合、社会規範の領域を疎かにすることになります。

すなわち人との感情的な交流を犠牲にするということ。

社会規範のフィールドには効率性を持ち込まないことが重要です。

少なくとも最優先ではないよ

3 分かりやすい例

社会規範のエリアに市場規範が侵入してしまった例を紹介しましょう。

3-1 男女関係

デート代を負担したり、プレゼントを贈ったりと尽くして(貢いで)も実らないことはあるでしょう。

そんなときに「お前にいくら使ったと思ってる」「今までの分を返せ」などと言ってしまう男性がいます。

これを言ってこの男女関係が上手くいかないことは誰もが想像できることです。

ここに市場規範と社会規範の違いが絡んでいます。

男女関係は人間関係、感情のシーン

お金がかかっていることが事実であってもそれを口には出さないのが暗黙の了解です。

そこでかかったコストを口にしてしまえばこの2人の関係がビジネスということに。

つまり女性をパパ活やレンタル彼女、売春婦として見ているのと同じことに。

暗黙の了解というのはこの領域のことで、みな無意識に知っていることなんです。

3-2 プレゼントの代わりに現金?

欲しくないプレゼントを貰うくらいなら現金を貰った方がいいって人も少なくないでひょう。

アメリカでは気に入らなければ返品して現金に戻せるように、レシートを一緒に渡すなんて慣習もあります。

これは合理的に見えますが、社会規範に市場規範を持ち込んでしまっています。

これが成立してるということは人間関係は成立していないということです。

非常に退屈な単純作業に協力してもらう研究があります。

報酬が多く提示されている人ほどモチベーションが高く作業量は多くなりました。

しかし一番パフォーマンスが高かったのは、報酬なしで「ただお願いされただけ」の人です。

さらに恐ろしいのが、1回報酬ありで引き受けた人は「ただのお願い」で社会規範に戻そうとしても無理でした。

ついでの教訓でプレゼントの値段を明かすのもNGです。

同様の作業を色んな価格帯のチョコバーを報酬にしてお願いした場合、作業量に差は出ませんでした。

だいたいの値段は予想できるにも関わらずね

しかし明確に値段を伝えたり、値札で目にさせるとお金が報酬の場合と同じ結果になってしまったのです。

3-3 旅行のお土産

置き換えて考えてみると、やはり変だと分かります。

どこか旅行に行くと、職場にお土産を買っていくものでしょう。

ばらまき用のものを買うとして、だいたい一人頭50円くらい。

だからといって「○○に旅行に行ってきました」なんて言いながらお土産の代わりに50円玉をデスクに配布した方がいいかといえばおかしいのは明らかです。

自分なら絵柄のプリントが違うだけで何の変哲もないクッキーを貰っても嬉しくないですし、

そもそも筋トレをしてる身からすると、お菓子なら何を貰っても嬉しくありません。

だからぼくは50円玉の方が嬉しいですが、さすがにやりません。

これが社会規範に市場規範が侵入してしまうことのおかしさです。

ちなみに…こう考えると「自分だったらどう思うか」って基準はあまり参考にならないって分かりますね。

まとめ

効率追求と2つの規範の関係についてでした。

効率性や合理性の追求は市場規範を反映したものと言えるでしょう。

社会規範の中にこの効率性を持ち込んでしまうと人間関係に亀裂を入れることになりかねません。

そこで問題になるのが、誰にもわかる明確な境界がないことです。

市場規範と社会規範を意識して生活してる人はほぼ皆無で、何となくで区別しているのでしょう。

この「何となく」というところが価値観の違いと言われるものの根源で、そこですれ違いを生んでしまうと考えられます。

合理的な判断だけで行動できないのは感情が介在するから。

そのことを把握した上で、可能な限り効率化、合理化を進めることをぼくは目指します。

ところで職場は社会規範と市場規範のどちらでしょう?

お金?人間関係?それについてはまた別のページで解説します。

準備中

てなとこで。