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飽き性も強みになる|目指せ総合格闘家

皆さんの趣味とかスポーツってずっと続けてるものですか?
それともコロコロ趣味が変わる飽き性でしょうか?

ぼくは圧倒的に後者。
飽き性で趣味もスポーツも広く浅くで極め切るタイプじゃありません。

プロフェッショナルとして1つのことを極めてる人は凄いなー、自分の飽き性に劣等感を覚えていました。

でも捉え方によっては飽き性が武器になるんじゃないかって。
そんなとこで今回は、飽き性を強みと捉えるというお話です。

そこそこになると飽きる

昔から初めてやることでも何となく要点を掴むのは得意で、50点くらいの水準にはすぐになれるタイプでした。

そこから70~80点くらいまで練習して到達すると途端に飽きてしまう。

「それなりにできるようになったなー」って思うのもあるけど、いつものように同じことに時間を使うことが苦手で「こればっかりに時間使ってていいのか?」って気がしてくるのが大きい。

満点志向はコスパが悪い

飽き性正当化の始まりはある競技会を見に行った時。

日ごろから余暇時間のほとんどを費やしてる人たちが凌ぎを削るのを見ながら、「これだけ努力してもトップって1人しかいないんだよな」と思ったわけです。

80点より上の水準を目指すと微に入り細を穿つような調整が必要になるし、点数(出来)の伸びもこれまでに比べると遅くて変化もかなりゆっくりに。

そこまでしてもトップが1人っていうのはコスパが悪いなと。

総合格闘家的な強さ

飽き性の強みは能力の深さの代わりに広さを身に付けることにあると言えます。

それなりのレベルのものを多量に持つことができるから、100点1個の人に対して80点5個で計400点という総合力で見ると勝機があります。

格闘技に例えるなら空手一本極めた人と打撃も寝技も投げ技も経験した人が総合ルールで勝負するならバリエーションに富んだ選手の方が有利になりやすいようなイメージ。

現実はスポーツのようにルールで手段(技能)が制限された環境であることが少なく、常に総合どころかもはや喧嘩。

ならば総合力のある人間の方が実社会において強いのではないかと言えます。

マウンティング強者に

「自分が満足していればそれでいい」と口では言っても他者からの承認が得られないと自信が持てません。
結局、承認欲求から自由になるのは難しいと言えます。

ならその土俵の中で自分に自信を持つにはどうすればいいかと言えば万人から承認される価値・能力を持つこと。

ではその価値観とはお金を持つことでしょうか?
美人やイケメンと結婚することでしょうか?
実は誰もが認める価値なんてありません。
価値観の多様化した時代に単一の価値で承認欲求を満たすことは100%無理です。

だから空手で日本一になっても「そんな野蛮なこと」って人とかスポーツに関心のない人からは羨望される価値ではない(別に空手に恨みがあるわけではないです)。

その点飽き性でスポーツも音楽も仕事も恋愛も、とそれなりに熟していれば裾野が広がって承認される確率が高くなります。
さらに経験が幅広いってこと自体も価値になって、その点でも承認されやすくもなります。

まとめ

スペシャリストが求められる潮流に逆行する飽き性のメリットについてでした。

経験とか価値を多様にできるってことが一番のメリットで、多様な価値観の人から承認されることで自己肯定感を持ちやすくもなります。

断っておくと、単一のことを極めた人はそれはそれで自分にはできない素晴らしいことだと思うし、100点と50点2つが対等だとは正直思いません。

あくまで多様性という別のベクトルで勝負した場合の話です。
てなとこで。