他人を責めると不幸になる|幸せは責任から【幸福と自己コントロール感】

他人を責める不幸な人

我ながら説教くさいタイトルになってしまった

子供のころから言われてることって実は真理だなって思うことが最近増えてきました。

失敗の責任を回避しようとしてはいけない、なんて綺麗事が言いたいわけじゃありません。

科学的な観点から幸福になるためには自己責任の精神が必要ということです。

そんなとこで今回は失敗したり上手くいかなかった時にどう考えるか、なぜ自己責任の精神が必要なのかのお話です。

社会に出て感じる何となくの不満

何かで失敗することは学生時代はもちろん大人になってからもあります。

しかし社会に出ると明確な失敗というより、何となく人生が上手くいっていないような気がすることの方が増えますよね。

学生時代にはテストや部活の成績みたいに個人にダイレクトかつ明確なフィードバックがあります。

しかし社会に出るとなかなか達成感を得る機会がありません。

会社組織はチームスポーツに比べて規模も大きく、個人の成果や貢献は明確になりにくいです。

そもそも成果なんてものが無い仕事や職種もあります。

こういったギャップが何となく満たされない感覚を作る原因の1つです。

上手くいかないのは見えない敵のせい?

さらに大人になるとなまじ知識を付けるもんだから、周りを責めるのが上手くなります。

日常で感じる不満の原因を自分の外に見事に見つけてしまうのです。

・政治が悪いから

・会社がブラックだから

・上司がバカだから

・景気が悪いから

こういう愚痴や思考、皆さんも1回くらいは経験あるんじゃないでしょうか?

でもこういう思考の癖がつくとかなり好ましくない結末が待っています。

具体的にはストレス耐性の低下とお金が稼ぎにくくなるという問題です。

ストレス耐性が下がると鬱や適応障害みたいな神経症にかかりやすくなり、稼げなくなるのはシンプルに貧乏

その関係について以下で解説していきます。

他人のせいにすると鬱や貧乏?

鬱も貧乏も理由はどちらも自己コントロール感の問題です。

自己コントロール感は幸福感と相関することが研究からわかっています。

自己コントロール感とはそのまま文字通りの意味で、自分で人生をどれだけ思い通りにできるか、自由に選択できるかってことです。

だから誰かにコントロールされたり、自分ではどうしようもないことを悩むのは精神的な不健康の原因になります。

これについては不安も似たようなものです。

アドバイスについて解説したページでも説明しましたが、他人を変えることは出来ません。

上司が本当に無能だったとしても、その人が変わることはほぼあり得ないってことです。

ましてや政治や景気なんてのはもってのほか。

自分の身の回りで起こるアクシデントや不幸をそんな「自力で変えようがないもの」のせいにするのはコントロール権を自ら手離すようなもの

この思考が日常の閉塞感や上手く行かない感じを助長させる悪循環を作ってるのです。

何事も上手くいかなかった原因が自分の手元にあると考えれば、問題点を探って改善に向かうモチベーションが生まれます。

しかし社会とか組織のせいにするなら改善や工夫が生まれる余地はありません。

絶対に変えられないものが原因なら、絶対に成功することは出来ないからです。

結果的に成功するチャンス、そしてお金が離れていきやすいってこと。

自分事にした方が良いけど

ただ何でもかんでも自分の責任にすれば良いってほど単純ではありません。

特にナイーブな人は自分事にするやり方が下手です。

「ブラック企業を選んだ自分の責任」「自分に能力がないだけ」のような大風呂敷の自己責任はNG。

問題が大きく具体性に欠けるので、改善に向かうでも自己コントロールを取り戻すでもなく、単に自己肯定感が下がるだけです。

これはこれでまたストレス耐性の低下に繋がります。

あくまで問題が起きた時、自力で改善できることが無いかって視点を持つことが重要であると言いたいわけです。

すなわち生産的な自責であることが条件です。

まとめ

問題を他人のせいにする姿勢と幸福感の低下の関係について解説しました。

問題が起きた時の責任だけじゃなく、仕事でも勉強でも「やらされている」視点はNG

これでは他人にコントロールされてる状態だからです。

しかし嫌な仕事でも目的を見つけて「やりたいからやってる」視点に切り替えれば自己コントロール権を取り戻せます。

「自己責任」って聞くと重い印象を受けますが、現代はみんな責任を敬遠し過ぎて不幸になってるんじゃないかってのが個人的な見解です。

初代スパイダーマンのベン叔父さんの名言「大いなる力には大いなる責任が伴う」。

権利と義務みたいに表裏の関係にあるなら「責任を負う者にしか大いなる力は備わらない」のかもしれないですね。

てなとこで。